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三軒茶屋のグズと大蔵ランドのグズのグロ画像

 投稿者:管理人  投稿日:2013年 5月28日(火)17時20分30秒
返信・引用
  http://userimg.teacup.com/userimg/8830.teacup.com/ookura/img/bbs/0000948.jpg
鉄球で上半身ぶっ潰される2008年12月24日大蔵ランド(オークラランド)のサミットの前で俺のことチャリで引こうとしといてキモ声で「危ねーよバーカ」とか怒鳴りやがったクズ大人

体バラバラにされて首をハリセンで何回も殴られる2008年5月3日三軒茶屋のバス停でバス降りるときまだ10歳で身長140cmしかなかった俺の右わき腹を突き飛ばしたクソジジイ

あんな大人が俺をイジメやがったんだ!!年下や同年代の奴だったら我慢できるけどあんな大人がやりやがったんだ!!言葉だけでも許せねえのに手を出しやがったんだよ!!まだ子供の俺に!!俺だって奴と同じこと小3の頃したことあったけどもう小6の時にしなきゃよかったって反省してんのにあいつ大人にもなって~~~~~大人にもなって~~~~~~今まで俺がイジメられた内容を全部あいつらに実感してもらわないと気が済まないんだ!!学校でイジメられた苦しみ、それも先公にシカトされたイジメ内容と同じことしかされないだけでサービスだと思ってもらいたいもんだな(笑)俺だって同じようにこれと全く同じ画像ばらまかれて笑いものにされた!俺がこうなった画像をな!!あんな大人が俺をイジメた以上同じ目に遭ってもらわねえとな!!大体俺は実名書かれてグロ画像学校にはられてイジメられたんだ!!実名出せないだけで悔しいくらいなんだ!!俺は小学生の頃担任の先生にグロ画像は気にしないって指導されたからな!!グロ画像書いた犯人も知りながら先公は叱らなかった!!だったら俺だってやっていいはずだ!!俺はちょっと石蹴っただけで親に怒られるのにあんな大人だけ罪もない俺をイジメといて怒られもしないことが一番許せねえんだ!!俺悪いことして怒られなかったことないのにあんな大人だけ怒られないでやがって!!!そのグズ共が誰か偉い奴に怒られてその証拠もらったらこの画像削除してやるよ
 
 

聖書

 投稿者:onesimo  投稿日:2012年 4月18日(水)09時35分43秒
返信・引用
  「わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。

うろたえてはならない。

おののいてはならない。


あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。」 ヨシュア1:9

http://blog.goo.ne.jp/kagayakuegao/e/3bda727a2bc2c2a82072507ca852cfde

 

久しく寄ってみましたら。

 投稿者:ムー  投稿日:2011年 8月11日(木)21時34分55秒
返信・引用 編集済
  久しぶりに寄ってみましたら、返信があるのでざっと見てみると、なんにも私のことと関係ないのでは?と思ってしばらく他の無関係なサイト行ってみて、同じ投稿が別のサイトにもあったので、ビデオをクリックしてみました。すると、なるほど!世の煩いについてのお払いのことを云ってくださったんだ!と分かりました。たしかに勇気づけられる歌なのでよかった。ありがとうございます。
ただ、私はキリスト教信者のつもりなので、聖書を信じてゆくつもりです。

 

Re: 呪いにつて

 投稿者:99%県警サギ暗殺被害者メール  投稿日:2011年 5月31日(火)23時37分44秒
返信・引用
  ムーさんへのお返事です。

> はじめましてこんにちは。
> ブログにたどり着いたところ、呪いについて書かれてありましたので質問させてください。昔から呪術とかは行われていますが、今の時代ネットからでも呪術はあるようです。
>
> ところで、聖書でしょうか、「すべての人に代わって呪いを引き受けた十字架のキリスト」と言われますが、その呪いは人が行う呪いも含まれているのですか?
> つまり、そうだとすると人の呪いはクリスチャンに効果がないといえますか?

【インターネット速度は県警NTT逆探知傍受の障害半分低速になる事があるし利益狂い商売サギも!】
★東電少年の「投書」で大激論!【東日本大震災に対し60周年血税50兆円埋蔵金自民党に呉越同舟するべき?初心者の民主党がんばれ!*満州怨霊未霊魂同舟!【50年99%未知境遇の地獄情報公開【地球は神のもの御布施せず自民党50兆円埋蔵金と露見不正公務員3億円警察自演成功伏魔殿ら原因【予知地震学も役立たず予知物あるのにボケる公務員警察共謀犯税金ポッタクリ【41年前3億円事件警察自演成功原因起源から裏金不正ら本人地獄中99%県警サギ暗殺被害者まで】▼健常.偽聾者2重人格9年難聴偽装年金.経営「毎日広告社.朝日広告社.読売広告社.産経広告社」差別サギ1億円資産(秋田市外旭川八柳1.17.20.8682771謝礼母証言シ報酬ナシ北嶋三知雄)愚痴裏切者▼50年警察魔観察「零れ狙うハイエナ!巧言令色鮮なし仁の露見公務員自民党伏魔殿」▼我家ボロボロ!喝!URL=
http://page.freett.com/syashi76340/akita.higaisya.index.htm >▼50年99%我家母初婚20年間貯金無しでも「ケシカラン」発言霊警視思殺魔!復讐スル我アリ聖書! 99%県警サギ暗殺被害者(元私有地は旧警察署長もの近隣警察家だらけ)・syashi76340@yahoo.co.jp

http://page.freett.com/syashi76340/akita.higaisya.index.htm

 

ブログ開設のご挨拶

 投稿者:中村ありがとうメール  投稿日:2010年 3月 6日(土)06時59分58秒
返信・引用
  ご報告、やっとブログを開設致しました。お時間が許されたら、ご訪問をお待ちしております。
    http://blogs.yahoo.co.jp/takako_baby_trust/MYBLOG/yblog.html

  800人のお方がご訪問頂いているとは、何という感激だろうか。人生が終わりに近いと知る老人は、皆さんにお逢い出来る事を感謝する。いや、感心を持って通り過ぎて(一瞥at glance)頂いただけでも感謝なのだ。

  昨今、特にテレビメディア界では、カタカナ語が氾濫して老人達を悩ます。次から次へと新語が登場して、辞書から手が離せない。何度繰り返しても英単語は覚えられないが、それでも老人は諦めない。

 負けてギブアップしてはならないのだ、と自分に何度も言い聞かせる。老人の特権は24時間自由で拘束されてなのだから。

  頻尿で一晩に7,8回もトイレに起きねばならない老人は、真夜中の三時、四時にはとうとう起きだして、仏壇の家内と家内の両親にお線香をあげ、洗顔を終えて、いよいよパソコンに向かう。
  その時間が嬉しいのだ。Webは知識の宝庫であり、また人生に大事な「知恵」を教えてくれる。まだまだ学ぶことは沢山ある。

  15,6年前、NEC PC-VM2でパソコン通信を始めた頃は、「日陰者の楽しみ」みたいな所があったが、時代は大きく変わった。テレビは見るだけの「押し付け」一方通行だが、パソコンはあらゆる情報が規制されずに、先ず自分の目で見て判断し、知ることを可能にさせてくれた。
  もはや若者達の楽しみだけでなく、死だけ残された老人達にとっても「言わせてもらう」書き込みの楽しみがある。
 老人にとって、心と肉体の健康、一番の長生きは「井戸端会議」即ち、会話することが大切なのと知った。

  キリスト教の「信仰の道」から落ちてしまった私は、もう一度「その道」に戻ろうと、今もWebで主から使わされた「信仰の案内者」を捜し回っている。カトリックであれ、ギリシャ正教、ロシア正教、エホバの証人であれ、もし同じ(キリストは罪人の為の生け贄と成った)信仰の道で、「天路歴程」の中に彷徨っている主人公「基督者」の様にだ。
  諸先輩、先達者のお方(ご婦人でも)には是非、ご助言の投稿をお願いしたい。
「カラマーゾフの兄弟」で作者ドストエフスキーが書くキリスト教信仰には未だに理解出来ていない。いや、ロシア正教が理解出来ずに、読書を断念したのだ。これも教えて欲しい。

  高卒で、英語独習者の私は英文聖句を学ぶのが一番だと気づいてこれを始めた。
今年の2月までteacupの掲示板に、四年間、(真夜中の三時、四時に)毎日連続、英文聖句と和訳、聖画を投稿してきたが、全く何方の訪問者も無かった。それを私は「洞穴で独り主との対話」と自嘲した。

 然し今、私の「天路歴程」のブログが始まったのだ。今年の4月に横浜大さん橋からピースボード「世界一周」の船に乗り、三ヶ月の旅に出る。私は 「天路歴程」を続ける。

http://blogs.yahoo.co.jp/takako_baby_trust/MYBLOG/yblog.html

 

家族愛

 投稿者:サトル  投稿日:2009年 4月 7日(火)20時56分23秒
返信・引用
  中村ありがとうさん

まだ覗いてくださっているのですね。
今は仕事が忙しくなかなか書きこむ余裕がありません。
今回も励ましをありがとうございます。

面白いことがありましたよ。
私の家内が姪っ子と電話で長話をしたと喜んでいました。
家内と弟(その子の父親)の年齢差と姪とその弟の年齢差が同じなんです。
二人は互いに弟の可愛さを語り合っていたところ、共通した意見が
「姉の気持ちを弟はどれほど理解しているか」という疑問であったようです。
姪はその父親を姉の気持ちのわからない弟として見ていることに驚きました。
なんだか不思議ですね。
子といえども姉である姪は、父親の末っ子らしさを見抜いているのです。
人間には、それぞれに何物にも代えがたい知恵が備わっているようです。
それぞれの立場で互いに支えあう姿こそ、本当の家族なのだなと実感いたしました。
 

こんな事が72歳の今になって、やっと分かった次第です。

 投稿者:中村ありがとうメール  投稿日:2009年 3月30日(月)14時05分38秒
返信・引用
  「過去の整理」と言うことで、
私の手持ちのテープに、以前お世話になった教会の牧師の大事な1巻がある。何度も繰り返して聞くために数本コピーした。また実に内容が良い。老牧師がいよいよという、ご自分の告別式用にしつらえた「お別れ」のテープなのだ。(内容はキリストにあって、人生を明るく楽しく生きること、力強い賛美歌と共に天国への凱旋と言っている。)

  その中に、「青年時代は、とても他人には言えないような、恥ずかしい放縦な生活」を送っていたと告白している。

  実は、私(二十歳に洗礼を受けた)も、小売り酒屋から、スーパー経営に励んでいたいた時代、また、今の引退した時代までも、他人を傷つけてしまった苦い思い出は沢山ある。思い出すと到底恥ずかしくて、身を切る思いに責められる。

  あの時、「キリスト愛の原則」について、1ヨハネ3の16「16 キリストがご自分の魂をわたしたちのためになげうってくださったので,それによってわたしたちは愛を知るようになりました」、を熟知していたなら、と今さまながら悔やまれます。

   本当に「私達は神様に結ばれていないと、祈る事も、人を許し愛する愛」も無いのです。

こんな事が72歳の今になって、やっと分かった次第です。
 

過去の整理

 投稿者:サトルメール  投稿日:2009年 3月29日(日)10時51分14秒
返信・引用 編集済
  今朝は変な夢で目覚めました。

私の甥がまだ幼かった頃
勝手に食べてしまったお菓子の件で私は彼を叱りつけていました。
そして、躾と称して彼のほほを平手打ちにしていたのです。
後で彼の母親が与えたものだと知り
私は彼に謝りましたが、聞き入れてもらえず
その辛さで目が覚めました。

このことが実際にあったかどうかは記憶にありません。
ですが、そのようなことは往々にしてあったと自覚しています。

告白すると
言うことを聞かないで全くなつかない猫を虐待したこともあります。
私の中に、「こうでなくてはならない」という基準があって
それに外れることをどうしても受け入れることができず
感情が爆発してしまう瞬間があるのです。

過去には、そのような辛い思い出が多くあります。
自分自身の不甲斐なさというべきか、あるいは、人間的度量の小ささというべきか

今朝は思い出したくない過去をまざまざと見せられて少し落ち込んでいます。
人があまり大きくならないように、神様が時おり過去を私に見せてくださるのでしょう。
その過去があったからこそ、私は救われたのだと思い知らされ
また、自分が何者なのかを自覚させられます。

自分の過去と向き合う時
この過去ゆえに神様に見いだされたと確信できたなら
すべての出来事は神様の愛の現れだと言うことができるのですが・・・

ただ一つ、私が過去に傷つけてきた人々を
神様が守っていてくださることを切に願います。
 

RE:ありがとうございます。

 投稿者:ムー  投稿日:2009年 3月14日(土)21時01分50秒
返信・引用
  そうですね、聖書を読んでみても、人の行う呪いについて書かれてありませんから、
いったい世間で行われている、黒魔術だとか、呪いのわら人形だとかまたは、
触れると死ぬだとか、いったいこれって何なんだろうと、奇妙に思ってしまい、
実際ネットの中傷でも私に対して、呪いの藁人形とかいわれたこともあり、
気持ち悪かったのを覚えています。訳の分からないものほど、変に考えふけたりしました。

また、プロとして呪術を行う人とはいったい何者なのか訳が分かりません。そういうので
世間が嫌になったものです。そんな人の術で神を信じる人の永遠の命どころか、
髪の毛一本でさえ奪われることはない。というのが聖書なのですね
(読んだことがあり思い出します)。聖書に救われる気がします。詳しくご回答下さり感謝します。
 

呪いに根拠はありません。

 投稿者:サトルメール  投稿日:2009年 3月14日(土)12時58分45秒
返信・引用
  ムーさん、初めまして
ようこそいらっしゃいました。

遅くなったのを赦してくださいね。

さて、呪いについてですが
私の理解しているところでは、祝福と呪いは共に神様から出ているもので
人が人を呪い危害を加えるという記述を、聖書の中に見ることはできません。
このことから、人が呪うことだけで他の人に危害を加えることはできないといって良いと思います。

聖書では、隣人に対してウソや騙しなどで訴えられた者が
その罪を認めない場合、神の前で「呪いの誓い」をさせられます。
これは、「もし私の証言がウソであるならば、我が身に呪いがかかっても良い」
という神に対する約束なのです。
神はこれを聞いて、その誓い通り真実であれば
その者に呪いがかかることはなく、神の正義に従って正しい報いがなされます。
つまり、祝福も呪いも神様が管理しておられ、ふさわしい者にふさわしく報いることができ
その判断には間違いがありません。

さらに聖書には「祝福は千代にまで及び、裁き(呪い)は3、4代まで及ぶ」と書かれています。
つまり、神の呪いは、人を正しい道に導くための試練であり愛なのです。
しかし、人の呪いは悪意に他なりません。

人が人を呪う場合、人間以上の力に頼る必要が映画などでは表現されています。
悪魔あるいはそれに類する存在ですが、いずれにしても人の呪いを代行することはできません。
ただ「呪われている」という自覚が、負の連鎖を生み
当人にとって悪い結果を招くと言うことを聞いたことがあります。
これがいわゆる「人の呪い」の実体なのではないでしょうか。

キリストの十字架を引き合いに出すまでもなく
人の呪いには全く力がないばかりか
呪った当人がふさわしい報いを被ることになるということになります。

クラブチャーチのエッセーの中で書かれた<呪い>とは
他人のことを批判する心で「呪い」を軽々しく使ってはいけないという筆者の思いで
むしろクリスチャンは他人を祝福する存在であって欲しいと願っているのです。

どうでしょうか、回答になりましたか。

ご心配なことがありましたら、遠慮なく書き込みしてくださいね。
 

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